日本最大級の総合旅行サイト!ホテル・旅館の宿泊予約、航空券・高速バスやツアーの予約もオンラインで!

楽天グループ関連
補助メニュー
主なカテゴリー

サブカテゴリー

@ 注意事項
予約メニュー
ページメニュー


【★注目オトク情報★】エントリー&対象期間に宿泊で全プランポイント10倍!
ポイント10倍保証キャンペーン開催中!詳細はこちらから!

  2月末までのご予約に全プランで使えるクーポンを発行してます!  
 
幻想的な静寂の中で生まれた軽井沢

軽井沢リゾートの生みの親、「A・C・ショー師」。それは遡ること1885年(明治18年)、友人のJ・M・ディクソン氏とこの地を訪れた彼は、故国スコットランドに似たすばらしい気候・風土に深く感動を覚え、翌1886年(明治19年)には家族を引き連れてひと夏を過ごしました。

彼はこの感動を友人の宣教師たちに教えました。仲間たちも大変気に入り、それぞれに別荘を持つようになります。この評判はたちまち、他分野の各国公使学者たちに広がり、彼らもまた次々に別荘を構え、明治末期には、およそ20ヶ国の人々が避暑に来ていたようです。

この頃から鄙びた宿場町の面影を残す町並みは、異国情緒豊かな活気に満ち、金髪のロングドレスの淑女たちが町を闊歩する姿はさぞかし不思議な光景であったろうと思います。

  旧軽井沢ホテル -旧三笠ホテル(重要文化財)- 旧軽井沢ホテル -旧三笠ホテル(重要文化財)-
旧軽井沢ホテル -軽井沢の町並み(明治〜大正期)-

軽井沢の町並み(明治〜大正期)

旧軽井沢ホテル -旧三笠ホテル(重要文化財)-

旧三笠ホテル(重要文化財)

やがて鉄道が軽井沢を通るようになると、日本人の貴族や華族、そして財界の人々が避暑に訪れるようになりました。明治から大正というこの時代に、華やかに着飾った紳士淑女たちが、週末にはダンスパーティーやテニスなどを楽しんでいたのです。

一般庶民には想像もつかぬ光景がくりひろげられていました。

このように世界の避暑地「軽井沢」は西欧情緒や上流社会の人々が、この地独特の文化を築き上げてきたわけです。やがて、昭和初期を迎えると文学者や画家たちが次々と訪れ、自分たちの創作活動の土壌を作り、さらにレジャー施設、スポーツ施設と平成17年には「大賀ホール」の完成により文化施設も一層充実して来るとともに、ショッピングリゾートとしての一面も合わせて、国際親善文化都市としての更なる発展を見せています。

旧軽井沢ホテル

このページのトップへ

補助メニュー

Copyright (c) 2002-2012 Rakuten Travel, Inc. All Rights Reserved.

ちょっといいこと楽天